1998年11月、日曜13時。
都市郊外にあるローカルショッピングセンター内。店内は混みあっている。
「おれここで待ってるわ」
「じゃあ、ともこのコート買ったら戻ってくるから」
男、妻と娘を見送ってタバコ自動販売機の横にある喫煙スペースに向かう。
ジャンパーのポケットからタバコを取り出し、ライターで火をつける。
喫煙スペースの前はベンチが並んだ広場になっていて、買ったばかりらしい雑誌を広げる女子高生二人組とうつらうつらしている老人が座っている。
そのさらに正面には壁面に9つのブラウン管テレビ。
地元のケーブルテレビ番組や衛星放送を無音で映し出している。
男、タバコをふかしながらブラウン管テレビ群の上で視線を滑らせる。
白黒のチャンバラ時代劇、どこか知らない地方の天気予報図、ケバケバしい色合いの着ぐるみが動き回っている海外の幼児番組(海外の子供はこんなのが楽しいのだろうか?)
男は実業団野球の試合を放映しているブラウン管テレビに視線を定める。
店内放送のチャイム音。
《…店内のお客様方に迷子のお知らせです》
《4歳になられますタケウチアユミちゃんをお連れ様が探しています》
《ピンク色の髪留めをしたポニーテールに赤色のジャンパースカート、キャラクター物の靴を履いた女の子を見かけられましたらお近くの従業員までお知らせください》
終了のチャイム音、そしてふたたび流れ出すイージーリスニング音楽。
男、自分の娘を思い浮かべる。
ちゃんとパパとママについてくるように言い聞かせても、子供というのは興味を惹かれるものがあればすぐにそちらに行ってしまう。日曜日ごとにショッピングセンターで起こるちょっとした日常の瓦解。
同情をこめて少し笑ったあと、男は無音で進行する試合を眺めはじめる。
男は2本目のタバコを吸い終わる。
女子高生たちはすでにどこかへ行ってしまったようで、老人だけが同じ場所で延々と舟を漕いでいる。
灰皿に吸殻を押し込み、もう1本とライターをポケットから取り出す。
店内放送のチャイム音が流れる。
《店内のお客様方にお知らせいたします》
《さきほどご案内いたしました迷子のお知らせですが》
《そんな子供はいませんでした》
男、天井を見上げる。
終了チャイムが鳴りやみ、イージーリスニング音楽が流れる。
周りの人々はなにも聞いていないように平然と通り過ぎていく。
混みあった日曜日のショッピングセンター。
人込みの向こうから、妻と娘が手を振りながらこちらに来るのが見える。