おれさ、縄抜けできるよ そう言って彼は両手首を私の前につきだす。試してみる?
日曜の午前中、私たちは部屋でふたりダラダラしている。
何それ、なんで縄抜け? と聞くとYouTubeで動画みまくってマスターした、何でも抜けれるよ なんて答えになってないことを言う。ただ、その自信気な表情に挑戦されたような気分になってじゃあ、やってみようか とわたしは彼の両手首をつかんで引き寄せる。
縄なんて持ってないので近くにあったスマホストラップを彼の手首に何重にも巻きつける。さらに十字を描くように手首の間にも何回か巻いて、ほかに結び方を知らないからコマ結びでギュウギュウに縛りつける。
パステルカラーのストラップで縛られた彼の手首は趣味の悪いプレゼントみたいだ。
わたしにはとても抜けられそうには見えないけれど、彼はこれでいい?本当に? なんて煽ってくる。
いいから、抜けてみせてよ と言うと、彼の手首がひねったり、強く握られたり、縄目のなかでもがき始める。手首がもがくたびにわたしがしっかり結んだはずの結び目は少しずつゆるんでいって、やがて十分な空間ができるとそこから彼の骨ばった手がするっと抜けだした。
ほら、抜け出せたでしょ 手をひらひらと動かして自慢げな彼の笑顔が憎らしくてもういっかい と彼の手をつかむ。今度は両手を背中のうしろにまわしてストラップで縛ることにする。
後ろ手になったぶん体勢は苦しいと思うのだけど彼はぜんぜん平気な顔をしている。そんな顔を見ていると私の方が落ち着かなくなってしまって、もっと厳重に彼を縛れるものを探す。
大ぶりなウォレットチェーンがあったのでそれを両手首に巻きつけて、スーツケース用の小型南京錠をかける。
南京錠?そんなのあったの? 錠の下りる音を聞いて彼が言う。
これは絶対開けるのムリだよ、TSAだし。
TSAは開けにくさとは全然関係ないんだけどな… なんて言って彼が再び、今度は上半身全体をもがかせる。わずかに出来たゆるみを、右手首が十分に動かせるようになるまで広げ、どこに持っていたのか先端を伸ばしたクリップで器用に南京錠を開けてみせて、あとはあっという間だった。
わたしがどれだけ縛り付けても彼はあっという間に抜けだしてしまう。
くやしくてくやしくて、わたしは彼を床におさえつけてまた縛り付ける。
縛るための道具が足りないからウーバーに頼んでコンビニで使えそうなものを何でも買ってきてもらう。
旅行用の携帯洗濯ロープ、ガムテープ、自転車用のチェーン錠、結束バンド。
手首だけではなく彼の身体全体にロープを、テープを、チェーンを巻きつけていく。
彼は抵抗はしないけれども、それでも不自然な姿勢が苦しいのか時おり身じろぎをすることがあって、そのときの手に伝わる感触が捕らえられた動物のそれを思わせてあぁ、生きてるんだな ってうれしくなってしまって、わたしはわざと強く彼の身体を押さえつける。
ハンデになるかと思って目隠しもつける。本当は口もふさいだ方がいいのかもしれないけど、彼としゃべれなくなるのがいやでそのままにしておく。
全身のなかでそこだけが自由な彼の口にくちづけする。舌を差し入れると彼の舌もなめらかに動いてわたしを受け入れてくれる。そうやってお互いの口内を食みあっているとどこかにかけた南京錠がひとつ外れる音がしたので、わたしはたしなめるように彼の舌に歯を立てる。
まだ足りないね。
開口部のない、狭いユニットバスの中に彼はいる。
小さな浴槽の中で、幾重にもロープやテープやチェーンに戒められて身動きのとれない身体を窮屈そうに縮こまらせて、それでもなお縄抜けは続いている。
わたしはユニットバスの扉の前にいる。扉の周りに打ち込んだ金具にチェーンを通して、外側から彼のいるユニットバスを封鎖しようとしている。
まさか彼がこんな意外な特技を持ってるなんて思わなかったけど、絶対に抜け出せないように、彼がどこかにいってしまわないように、わたしは束縛をかさねていく。
そういえばホームセンターで大型犬用のケージを見たことがある。あれって耐久性はどうなんだろう。ユニットバスの中からはかすかな身じろぎの音と金属のふれあう音が途切れずに聞こえてくる。
いま右足のチェーンが外れたよ、3日後くらいには君の顔が見れるかもねぇ
彼がのんきそうに言うのをきいて、わたしも笑いながらまたひとつ南京錠をかける。